Jan 08, 2011

上野動物園とシタノ動物園

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(ライオンのひげ)


バーチャルではありますが、動物園の話が続きます。

 

「まぐまぐ」の投稿がどのぐらい有名なものなのか、分かりませんが、初めての海外暮らしの頃、まぐまぐの最後についてくる自分も笑えた面白い話を、ボストンから浩子の携帯に送るのが日課でした。昨年、そのことを思い出し、過去の厳選されたネタをさらに厳選し、家族全員に送りつけ、さらにウェブ上にそのよりぬきページを発見し、それをさらに厳選して送っていました。

 

その中の過去にも送ったかなり笑える話がこちらです。以下、引用:

 

幼稚園の時「上野動物園」に行ったという子がいて、何人かが自分も行ったといっていた。すると別の子が「自分はウエノ動物園だけでなくシタノ動物園に行ったことがある」と言い出した。するとまた何人もの子達が行ったことがあると言い出した。

 

どちらにも行ったことのない私は幼稚園から帰ると、母に上野動物園とシタノ動物園に連れて行ってと頼んだ。母は上野動物園はあるけどシタノ動物園なんてないよ~と大笑いしていたが、それはお母さんがめんどくさくてシタノ動物園に連れて行く気がないだけだと思っていた。(引用終わり)

 

浩子曰く、子供はすぐに誰かに同調し、行ったことがなくても、「私も行ったことあるあるー」となり、話もどんどん大きくなりがちなのだそうです。

 

3月に浩子は私の誕生日に何かを送るので、何かあれば一緒に送るよと声を掛けると、母は手紙を書いてくれたそうです。浩子は、母がどんなことを書いているのかと、封もしていないのでチェックしてみたところ、神田育ちの母は「お母さんは下野動物園ができたのを知りませんでした」と書いていており、「そんなの誰も知らないよ!」と突っ込みつつも、盗み見た手前、浩子は自分の部屋で一人、文字通り笑い転げていたそうです。おまけに母は、毎日私が一人で面白い話を考えていると感心していた様子。私たちは、母がかなり天然であることを再認識したのでした。

 

複数の人で見る夢は現実になるのだとすると、実は、シタノ動物園あるのかもしれません。少なくとも首都圏のかなりの数の園児は行ったことがありそうです(お友達が上野動物園に行った場合に限り)。

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Nov 21, 2005

北斎/Hokusai

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浩子はどこかに行くと、大抵、その土地を好きになり、お土産を送ってくれます。長野のお土産(確か栗最中)と一緒に送られてきたのは北斎の定形外の縦長の絵葉書でした。何故長いかというと、富士山を越えてもっと高く昇って行く龍の絵だからです。「北斎はすごい人でした。この絵は北斎が晩年に描いたもので、まだまだ高くのぼっていこうとする自分なんだって、龍が。今度会ったときにまた話すね。」と、裏に興奮した調子で(鉛筆で)書かれていますが、「今度会ったとき」に話を聞いた記憶はありません。今度の辰年の年賀状の版画のモデルは、この北斎の龍にしようと、以降、机に飾ってあります。

ニューヨークでもっとも日本的な風景を観るのは不思議な気分ですが、北斎の恐らく一番有名な絵、富嶽三十六景神奈川沖浪裏、大波、The Great Waveは、近所のメトロポリタン美術館にもあります。これまでに一番よく通った美術館はメトロポリタン美術館です。徒歩圏内にあり、入館料は先方の希望価格はあるものの、当方の好きな額を受け取ってもらえます。先日、屋上で撮影させてもらおうと広報担当と話をしたときに聞いてみると、できるだけ多くの人に見てもらうよう、近隣の人に開かれた美術館であるために、このような入館料の設定にしているとのこと。常時、特別展がいくつか同時進行していますが、特別展に特別料金が不要なのも同様の趣旨だそうです。素晴らしいです。

そのメトロポリタン美術館のこの秋の目玉は、ゴッホの素描展です。Drawingはすべての基本、と言ったゴッホはDrawingとPaintingどちらが主か、というほど、Drawingに力を入れており、丹念に描きこまれたモノクロの絵の中には光と影があり白黒の風景写真のようです。彼が、浮世絵に影響を受けているのは有名な話ですが、その影響度合い、彼がいかに自分の作品に様々な技法を取り入れていったかが作品毎、時代毎に分かる構成になっています。展示には彼が残した大量の手紙の中の、日本人画家と題材である自然との関係、対象を掴むclarity(明晰さ)等等を賞賛し同時に羨むコメントが多々引用されており、アメリカ人の友人に「イチローは今のメジャーリーグの現役で実力ナンバーワンだ」と言われたときと同様、日本人として、勝手ながら鼻高々です。コメントだけでなく、彼が影響を受けた、北斎、広重らの木版画も飾られています。北斎のThe Great Wave、大波に飲まれている小船の向こうに見える富士山に並び、今度は一気にミクロの静謐な世界、菖蒲にとまっているキリギリスの版画がありました。「日本の画家は彼自身が花であるかのように自然の中に生き、一葉の草を観察している」とゴッホが書いているように、波しぶきを捉えるのと同様の明晰さで、菖蒲の葉脈、指に引っ掛かりそうなキリギリスの刺刺した足が描かれており、ゴッホが北斎を憧れ羨むのも無理もなかろうと思われます。

ゴッホがモンマルトルで自分と同じものを見ていたことに嬉しくなったりもしていましたが、ゴッホ展に行ったにも関わらず猛烈に北斎を観たくなりました。冒頭の浩子の葉書の文面から察するに、浩子は長野の北斎館で北斎の生涯を垣間見たに違いありません。羨ましくなり始めたところで、現在、東京では百年に一度の規模の北斎展が開催されていることを知り、羨ましい度合いがピークに達しています。北斎は、後世の遠いヨーロッパに、自分にここまで憧れ、倣おうとする画家が現れることを予期していただろうか、とも思いましたが、空に上る龍の絵は、そんなことは眼中になく高みを目指す北斎の境地を物語っていそうです。

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Oct 19, 2005

モンブラン(こけし屋とAngelina)

twin-paris(at Montmartre)

モンブラン、と聞いて真っ先に思い出すのは、初めて大蔵省(元)にお使いに行った後に上司に貰った日本企業のドルワラントの記念品のモンブランのボールペンですが、浩子が何を脳裏に浮かべるかは想像がつきます。こけし屋の、てっぺんに栗の甘露煮が半分乗った黄色いモンブランです。こけし屋とは、西荻駅前のランドマーク的存在のフランス料理と洋菓子のお店です。西荻に馴染みがある方(東京女子大出身者が近くにいた方等)には、こけし屋のインパクトのある包装紙が印象的だったようです。

私達は国立にいた頃から、こけし屋のケーキを食べていました。西荻の祖母が持ってきてくれるお土産は、常にこけし屋でしたし、祖父母のところに遊びに行っても、こけし屋のケーキがありました。祖母が選ぶケーキはいつも、ショートケーキ、モンブラン、ソレイユ、チーズケーキ、エクレア、シュークリーム、と決まっていましたが、こけし屋にはティラミス他、新しいものも色々あるのに、何故もっと光っているケーキが見過ごされるのか疑問でした。浩子のこけし屋でのアルバイトの結果、その理由が判明しましたが、年配のお客様は昔からある古典的なケーキを好む傾向があるそうです。

今でもこけし屋の昔ながらのモンブランには愛着があるものの、モンブランとはかなり栗金団に近いものだと思っていたのは昔のことですが、もっとも画期的だったのは、アンジェリーナのモンブランです。あるとき銀座に行く浩子に、まだ食べたことがなかったアンジェリーナのモンブランを買ってくるように頼んだところ、帰宅すると、浩子が興奮していかに美味しいかを語ってくれました。栗のクリームが本物なのはもちろんのこと、中のクリームがミルクっぽく、メレンゲの食感共々絶妙のコンビネーションなのです。でも甘いので、マロングラッセ好きの私でも半分で十分です。それでも、きっと本店のモンブランはもっと大きいに違いないと思っていましたが、パリのチュイルリー公園の前、ルーブルの近所にあるアンジェリーナは、カフェの部分はびっくりするほど大きかったものの、ケーキのサイズは日本と同じでした(ガイドブックによれば年々小さくなっている模様)。銀座にしかなかったアンジェリーナが自転車圏内の吉祥寺にも登場したときは、希少価値が薄れた気がして残念でしたが、あのモンブランが日本にあること自体凄いです。アメリカにはありません。

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