Jan 08, 2011

上野動物園とシタノ動物園

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(ライオンのひげ)


バーチャルではありますが、動物園の話が続きます。

 

「まぐまぐ」の投稿がどのぐらい有名なものなのか、分かりませんが、初めての海外暮らしの頃、まぐまぐの最後についてくる自分も笑えた面白い話を、ボストンから浩子の携帯に送るのが日課でした。昨年、そのことを思い出し、過去の厳選されたネタをさらに厳選し、家族全員に送りつけ、さらにウェブ上にそのよりぬきページを発見し、それをさらに厳選して送っていました。

 

その中の過去にも送ったかなり笑える話がこちらです。以下、引用:

 

幼稚園の時「上野動物園」に行ったという子がいて、何人かが自分も行ったといっていた。すると別の子が「自分はウエノ動物園だけでなくシタノ動物園に行ったことがある」と言い出した。するとまた何人もの子達が行ったことがあると言い出した。

 

どちらにも行ったことのない私は幼稚園から帰ると、母に上野動物園とシタノ動物園に連れて行ってと頼んだ。母は上野動物園はあるけどシタノ動物園なんてないよ~と大笑いしていたが、それはお母さんがめんどくさくてシタノ動物園に連れて行く気がないだけだと思っていた。(引用終わり)

 

浩子曰く、子供はすぐに誰かに同調し、行ったことがなくても、「私も行ったことあるあるー」となり、話もどんどん大きくなりがちなのだそうです。

 

3月に浩子は私の誕生日に何かを送るので、何かあれば一緒に送るよと声を掛けると、母は手紙を書いてくれたそうです。浩子は、母がどんなことを書いているのかと、封もしていないのでチェックしてみたところ、神田育ちの母は「お母さんは下野動物園ができたのを知りませんでした」と書いていており、「そんなの誰も知らないよ!」と突っ込みつつも、盗み見た手前、浩子は自分の部屋で一人、文字通り笑い転げていたそうです。おまけに母は、毎日私が一人で面白い話を考えていると感心していた様子。私たちは、母がかなり天然であることを再認識したのでした。

 

複数の人で見る夢は現実になるのだとすると、実は、シタノ動物園あるのかもしれません。少なくとも首都圏のかなりの数の園児は行ったことがありそうです(お友達が上野動物園に行った場合に限り)。

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Sep 05, 2010

ツイッター/ツイート箋

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ツイッター用の可愛い原稿用紙(ツイート箋)をもらいましたが、コナン・オブライエン(ボストン出身のコメディアン)をフォローしていただけで、当時は自分ではツイートしたこともありませんでした。が、ツイートしたとしても、原稿は書かないよ。。。と思ったものの、そもそも芸が細かくて可愛い原稿用紙であることに三秒ぐらいしてから気付き、後で浩子に見せました。最初のテポドン発射に気付かなかった浩子なので、ツイッターというものが世界には存在し、昨年のイランの大統領選後のデモでは、ツイッターでの連絡で皆が動き、大きなうねりになったのだと説明してみると、浩子は面喰った顔をして「毎週ドラマ見てるのに、これでツイッター知らなかったら、やばくない?」と言うのでした。

 

そうでした。すっかり毎週ツイッター・ドラマ『素直になれなくて』を見ていたことを忘れていました。ドラマにはなかなか入っていけないものの、春は毎日のようにドラマを見ていて、やる気になればできるじゃんと思っていましたが、6月になる頃には、見ているのは、『素直になれなくて』だけになっていました。浩子がエイタクン、エイタクンと言っていた頃は、誰さそれ?と思っていましたが、それはすぐにジェ・ジュンに変わりました。ヤフーニュースの欄に東方神起を見るたびに、この四文字熟語は何?と思っていましたが、たまたま『笑っていいとも』にジェ・ジュンが出ていたところで、アルタの前というか新宿駅東口前を埋め尽くしたファンを見て、その人気のほどを認識しました。こんなスーパーアイドルなのに、共演相手を圧倒することなく、日本で押し入れに寝て、ノルマで苦労する役も演じることができて素晴らしい、芸達者過ぎる!!と浩子と感心しきりでした。最終回は二人とも、ネットで見ました。アップロードしてくれた中国の誰かに感謝です。

 

というドラマのような少人数制のツイートもあれば、イランや韓国でデモを組成してしまうようなツイッターの使い方もあれば、もっと戦略的に、国家外交に使うという手もあります。使う分にはただです。アメリカ国務省の若手二人のツイートはワシントン界隈で3位、4位のフォロワーを誇るそうで(1位、2位はオバマとマッケイン)、ニューヨークタイムズ紙(の日曜版雑誌)でも取り上げられていました。(私も、即、フォロワーになりました。)二人とも新シーズンのドラマをツイートすることもあれば、目についてほしい記事などをリツイートすることもあれば、国務省ニュース、ヒラリーの訪問先でのニュース、独自のデジタル外交戦略についてのツイートなど様々です。リツイートされた人も面白いのでフォローしようとするとネズミ講のように情報ソースが広がっていき、また誰かが膨らんだツイッターの世界を整理してくれるのを待つのかな、という気がします。

 

後日談:後日、浩子は「ツイッターって何か知ってる?」と聞かれ、よく分からないと答えたらしいです。どういうものかはいまだによく分かっていない様子。

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Jul 08, 2010

七夕の短冊の星

0707_3 今日は七夕でした。浩子が送るからと言ったままになっていたものが届かないので、新年の抱負とあまり変わらない願い事を書いて壁に貼っておいたら、今日、こんなものが届きました。


先月、浩子が「あまり尖っていない星」を探しているというので、変わったものが必要な人だなと思ったら、浩子はせっせとこんなものを作っていたのでした。一つあげると言うので、最初に作った不出来なのでいいよと言うと、後でもっといいのを送ってあげるからということになっていました。確かにバージョンアップしています。(最初のは私のアドバイスに従い、尖ったところを丸くカットしていました。)浩子のお仕事の成果でした。

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Jun 28, 2010

西川の枕/エンジェルフロート

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(at Central Park)

浩子は異常に寝付きがいいです。私もマレーシアの山奥の駅のベンチから、満員電車の中までどこでも眠れますが、浩子の寝付きのよさには負けます。子供の頃から、浩子の方がいつもはるかに早く寝ていたので気にしたこともありませんでしたが、最近、同時に寝てすぐ、浩子が「もう寝ちゃった?」というので、何か話があるのだと思って待っていたら、次の瞬間にはもう寝ていました。別に何か話があったわけではなくて、浩子にしては珍しく寝付きが悪かったので、他の人はどうかチェックしてみただけだったらしいです。

 

最近テレビで、若さを保つ秘訣は楽しいことを考えながら寝ること、とあったので、布団に入ってから、楽しいことを考えようと、「楽しいこと、楽しいこと、楽しいこと・・・」と考えているうちに、実際に「楽しいこと」を思いつく前に浩子は眠りに落ちたそうです。のび太の特技がすぐに眠れることだとしても、「123、スー」というのはたとえだと思っていましたが、のび太並みの人もいることが分かりました。

 

最近、私の一番欲しい物は枕でした。どこでも、どんな枕でも眠れますが、寝心地のいい枕に越したことはなく、実家にある枕はどれも首が疲れるほど高いので、どこかでもらった(大昔の西荻駅前のローズマリー?)ドラえもんの小さな毛布を折って枕代わりにしていました。気になり始めると、どこに買い物に行っても枕が目につきます。子供用の(キャラクター入り)薄い枕を買ってしまおうかと思っていた矢先、吉祥寺での買い物のついでに浩子にオーダーメイドの枕のお店があると連れて行かれました。首のカーブを計測してもらうと、私の首は現代人(特にPCを長時間使う人)に多い、ほとんど真っすぐなストレートネックなのだそうです。ということは、枕も低くていいのです。そんな低い枕が存在するとも思っていませんでしたが、反発度合いや堅さが違うものが各種揃っていて、それを西川のムアツふとんの上で試させてもらえるのでした。話はそれますが、昔、会社員だった頃、毎日通っていた西川のショールームの影響で、どうしてもムアツふとんが欲しくなり、自分用に一つ買ったところ、しばらくすると家族全員ムアツふとん派になっていました。

 

予定外のことに、単純に枕を試して、「なるほど、こういうものがあったのか」と思っていましたが、付添だったはずの浩子もいつの間にか首のカーブを計測してもらって、色々試した上に、「私はツブワタ(のちに粒綿のことだと分かりました)」などと、真剣に選んでいます。(浩子が突然枕を買うはずがないので)恐るべし浩子と思いつつ、レーシックも早くやったほうが得(よく見える期間が長くなるから)と言うし、どうせなら、一日も早くよく眠れたほうがいいと、一番低いタイプのエンジェルフロートを買ってしまいました。さらに中に入っている高さ調節用のシートを抜いて使っています。寝返りを打つのも楽しくなる心地良さです。低い枕がいいけれど、なかなかいいものがない、と思っている方には超お勧めです。出張先で、「このベッドを持って帰りたい」と思うこともありますが、あんなにぴったりくる枕に会ったことはありませんでした。フワフワ系の枕を追求していては、あの寝心地はあり得ません。枕持参で移動するなんてことが自分に起こるとは思ってもみませんでしたが、今回はスーツケースに枕を入れて帰国しました。

 

その後、浩子は家で私の枕を試し、まだ「私はツブワタ、ツブワタ」と言っていましたが、結局、もう一回、お店でさんざん試させてもらった結果(ありがとうございました)、今は、私と同じエンジェルフロートにタオルを入れて使っています。また家族全員、西川の枕派になったことは言うまでもありません。

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Jul 14, 2009

マイケル・ジャクソン

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(Hiroko in front of Apollo Theater)


家に帰ってくると、浩子から「マイケルのニュース見た?」というメールが入っていて、その瞬間、ああ、マイケルは亡くなったんだ、と思いました。でも浩子がメールをくれたときは、日本では心停止のニュースが流れていただけだったそうです。

 

なぜかその週は、久しぶりにマイケルのことをたくさん思い出していました。きっかけは、Moonというデビッド・ボウイの息子が作った映画でした。(中略)ローリングストーン誌の歴代シンガートップ100の中にデビッド・ボウイを見つけ、マイケルもこの中にいるはずと探しはじめ、このマイケルの歌唱力、更なる高みを目指す姿勢が絶賛されているコラムを読んですっかりいい気分になりました。そこで今更ながらに、今ならキャプテンEOYoutubeで見ることができるかも!ということに気づき、あとは芋づる式です。フレッド・アステアやジェイムズ・ブラウンを踏まえているとはいえ、あらためてマイケルはオリジナルだなあと思いました。あの格好を着こなして、マイケルの物まね以上のものになれるのはマイケルしかいません。

 

年をとったマイケルは想像できないと思っていましたが、相変わらず日傘(単に傘かもしれませんが)を差しているマイケルのニュースを見て、こんな感じでこのまま不可解な存在でいけるかもとも思っていました。亡くなる二日前のリハーサルの映像では、相変わらず踊りまくっていましたが、ジャッキー・チェンがもう年だからアクションじゃない役をやりたいと言っていたのは50歳の頃だったかと思うと、マイケルは心臓が止まるぐらい無理をしていたのかもしれないとも思います。踊るだけではなく、歌うというのは、人間業ではありません(それでいて、単に才能溢れるアーティストというだけでなく、ソニーとハードネゴできる才覚も持ち合わせています)。浩子はマイケルがよぼよぼになるまで生きていて欲しかったそうです。

 

浩子とは、先にマイケルと友達になったほうが、もう一方をマイケルに紹介する約束になっていましたが、実現しないままでした。アメリカにいたのに、ちっとも近づけないままに終わってしまいましたが、少なくともニューヨークにいるのだから、アポロシアターでのメモリアル・サービスには行かなくては、と、当日に突然気付き、お葬式にジーンズでいいものか、などと考えているうちに雷雨になり、到着したときには、アポロシアターの前にはまだ長蛇の列ができていましたが、最後のサービスに間に合わなかったのでした。ハーレムという土地柄、行列に並んでいるのは99%黒人でしたが、なぜか白人のおばあさんもいました。

One more show, please!と詰めかけるファン)

 

マイケルが亡くなった後の報道は凄まじいものがありました。CNNのキャスター、アンダーソン・クーパーはこのためにLAに移動していました。亡くなった人へのリスペクトのない興味本位の報道に頭にくることもありましたし、アメリカでなければ、あんな訴訟が起こることもなかっただろうとも思います。が、マジック・ジョンソンが、コービー・ブライアントや自分が成功できたのも、マイケルがドアを開けてくれたから、というのを聞くと、オバマを含め、みんな多かれ少なかれマイケルに負うところがあるに違いありません。でも、マイケルはそんなことに関係なく、ティンカー・ベルみたいに光の粉をまき散らして現実の世界に落ちてきたスーパー・スターだったのでしょう。RIP.

 

イラン人の友人によれば、マイケルがあのタイミングで亡くなっていなければ、イラン大統領選挙についての世界での報道が続き、政局に打撃を与えられたかもしれないのに、とのことです(怒っていました)。世の中わからないものです。

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Apr 22, 2008

ちりとてちんの最後

Emoji_495 日本では『ちりとてちん』の放送も終わり、新年度の番組も始まってしばらく経った先週、浩子からちりとてちんの録画ビデオが送られてきました。こちらに帰ってきた直後に、毎日録画しているから、とは聞きましたが、ほとんどそれが続くことは期待していなかったので、驚きました。舞台の最中の頃か15話ぐらい抜けているらしいですが、それでも毎日録ってくれるなんて凄いことです。そこで、この数年故障して分解したままになっていたビデオデッキを、一念発起して直しました。(手ごろな輪ゴムで修理するとすぐに切れることを学びました。)ちなみに、番組のあのポスターを欲しい、と思うまでになったのは、ちりとてちんが初めてです。

日本から帰って来てからは、最終回の週に一度、ドバイの日本食屋さんで偶然見ることができただけでしたし、ようやくビデオも動くようになり、物凄く期待して見始めると、音がでません。今回初めて、日本で録画したものはアメリカのビデオデッキで再生すると音声に問題がでるらしいことも学びました。それでも、毎日、あらすじをチェックしていたので、みんなが何を話しているか分かってしまい、泣いたり笑ったりできる自分に感心しました。五木ひろしやお父ちゃんが『ふるさと』を歌うのも、聞こえてくるようです。その代わり、画面から目を離せません。そのうち、聞こえるのは気のせいでもないことが分かりました。静かな夜中に音量を最大限にしていると、ときどき聞こえるセリフもあります。

いまや、Youtubeでちりとてちん関連のスタジオパークをほぼ全部見たため、日本にいた頃とは、かなり違った目で見るようになっていました。朝ドラでは、主人公は新人のようなもので、周囲をベテランで固めていると思っていましたが、渡瀬恒彦が貫地谷しほりは凄い、ライバルだ、と評しており、そう思って見ると、確かに本人の演技が上手くなっているのではなく、喜代美が成長しているのが分かります。凄いです。最初は喜代美は本人そのままなのではないかと思っていましたが、スタジオパークの本人は全然違いました。キャストの仲のよさも、画面に滲み出ています。久々に変わっていないお母ちゃんを見るのも、お決まりのギャグを何度も聞くようでいいものです。

二本目のテープになると、毎回、0:41から始まり番組が終わる前の0:58に終わってしまうことに気付きました。予約録画をしているものの、うちのビデオの時計がずれているに違いありません。最終回は、恐れていたとおり途中(草々さんが病院の廊下で愛宕山の一節を叫んでいるところ)で終わってしまいました。魚屋食堂の双子が、1999年から成長していないような気がしたのですが、それでも大満足です。ありがとう、浩子。でも、やはり朝ドラは毎日見るのがいいですね。

冒頭のてんとう虫は、浩子が「かわいいでしょ。」と送ってくれました。かわいいです。

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Mar 06, 2008

カラヴァッジオの絵に出てくる人

Musicianscaravaggio 数年前のある日、カラヴァッジオの大ファンで、メトロポリタン美術館で彼の絵を堪能したという友人に、あの絵の人はうちの妹に似ているのだと伝えると、「でも日本人で、女の人なのに?」と言われました。そう、その絵の人は男なのです。

でも、浩子も小学校の頃は、ほとんど半ズボンで過ごし、私の同級生男子には杉田の弟と言われていました。よく考えてみると、大人になってからも、近所のプールに行ったとき、女子更衣室に向かう浩子に受付の人が呼びかけるので、浩子は自分の顔を見ればさすがに間違いに気付くだろうと振り返ると、面と向かって、「そちらは女子更衣室です」と言われたそうです(浩子はしょうがないので、自分で「私、女です」と説明したとか)。

とはいえ、その絵の人は今の浩子に似ているわけではなく、小さな頃の浩子に似ています。親戚の家に行った帰りに、寝ちゃいけないと言われても、電車の中で眠り、駅につく直前に起こしたときの、半分寝ている状態の浩子です。小さな頃の浩子はほっぺたをつまみたくなるような、もしくはつっつきたくなるような(?)子で、細面の今とは全然違いました。メトロポリタン美術館には、カラヴァッジオの絵が集まっている部屋がありますが、そこに行くと、いつも、「あ、浩子だ」と思います。この2枚の絵のモデルは別の人だ、という説と、同じ人だ、という説がありますが、どちらも「あ、浩子だ」と思うので、多分、同じ人なのでしょう。

1596_caravaggio_the_lute_player_the 今、展示されているのは、この『リュートを弾く人』の方だけですが、手前のバイオリンと笛は、どんなに目をこらしても、掴めそうなぐらい3Dです。カラヴァッジオの部屋は、特別展の出口にあり、いつもどこかから出てきたときに、ふいに出てくる絵でしたが、最近、シネマトグラファーのヴィットリオ・ストラーロがカラヴァッジオのローマにある絵について語るのを読んで、すぐにローマには行けないので、身近なところに観に行きました。ストラーロは、『暗殺の森』、『暗殺のオペラ』、『地獄の黙示録』、『ラストエンペラー』、『シェルタリングスカイ』など、挙げればきりがないですが、いつもその光にびっくりささせられるカメラマンです。映像の中にレンブラントやカラヴァッジオの絵のような光が映っているのです。あるとき、ストラーロはローマの教会で、当時は名前も知らなかった人の絵、『聖マタイの召命』を見て、息をのみ、その後、ずっと、光と影の意味についてその絵が語ることを考え続けているのだそうです。この絵との出会いがなければ、『地獄の黙示録』でカーツ(マーロン・ブランド)のキャラクターを描くことはできなかったと言います。『地獄の黙示録』は、コッポラが作った世界文学に匹敵するような映画で、原作はコンラッドの『闇の奥』です。(詳しくは、是非、立花隆の『 解読「地獄の黙示録」 (文春文庫)』をお読み下さい。)この絵がなければ、あの闇の奥までは達しなかったのかもしれません。はじめて、カラヴァッジオとストラーロの繋がりについて考えましたが、まったく納得です。この絵をローマでご覧になった方がいらしたら、是非、どうだったか教えてください。すっかり話がそれましたが、ストラーロを動かしたこの絵にも、浩子に似た人が描かれているはずなのですが(他にもたくさんあります)、他の二枚のようには似ていないのか、アングルが違うと別人になってしまうのか、「あ、浩子だ」と思う人はいません。

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Jan 18, 2008

ちりとてちん

Jyogasaki 昨年、浩子から「ふたりっ子の高校生棋士が今の朝ドラに出ていると思うんだけど」というメールがあった頃は、その「今の朝ドラ」が何なのかさえ、知りませんでしたが、私が一時帰国してからの浩子の話の一割は『ちりとてちん』です。年末に帰ってくると、年が明けたら毎日見れるね、と、浩子の解説付きでまとめ版を見せられ、毎日(特に再放送の土曜日)、ちりとてちんの放送時間に合わせ、生活が回っており、これが、局地的な人気(浩子のマイブーム)なのか、世の中的なものなのか、最初はよく分かりませんでしたが、7日、NHKで、『スタジオ・パークからこんにちは』が映り、草々兄さん役の青木崇高がゲストで登場すると、単なる我が家のブームではないことが判明しました。(浩子にスタジオパークの報告をすると、「じゃあ、草々は本名で出てたんだね」と、婚姻届で「あ」から始まる青木姓に「わ」から始まる姓だった主人公が変わる話をしてくれる、といった具合です。)初めてこのドラマを見せられたとき、「この人(草々兄さん)が一番カッコいい」と言うと、浩子に「ヒロインの旦那役でそういうカッコいい設定なんだから当たり前」と返されましたが、ちゃんとその当たり前の設定にはまり、注目を集めるのも大変なことです。浩子は「この人がいいんだよね」と言って、兄弟子も一人一人説明してくれますが、兄弟子に限らず、お父ちゃんもお母ちゃんも弟もほぼ全員が「いい」らしいです。

『ちりとてちん』では、長丁場ということもあるのでしょうが、一人一人が自分のキャラクターのものになった口癖まで話し、小さな卓袱台を囲めば、一家が揃うのも、ご近所が全員集合するのも、結婚式シーンで登場人物全員が画面に入るのも、まったく普通、自然です。不自然なセリフ・設定のドラマが多い中、プロのエンターテイメントはこうでなくちゃと思います。結婚を決めた翌放送日には、結婚式にまで辿り着き、15分しかないはずなのに、さらに後から後からお祝いの人が登場するスピード感もびっくりです。

また、まだ放送と同時には見ていませんが、福井出身の五木ひろしが、本人「五木ひろし」役ででているのも、私の好きなピーター・フォークが刑事コロンボを演じる「ピーター・フォーク」役で、『ベルリン天使の詩』に出ていたのと同じで、いけてます。白いスーツを着て登場しても、マイケルが真っ赤な金モールのついたジャケットを着て登場するのと同じで、いつもの本人の衣装なので、自然だけれども、これまた朝っぱらから驚くビジュアルで眼が覚めます。密度が濃い分、流すことができず、朝から集中力を要するのが玉に瑕です。でも、浩子によれば、「好きな朝ドラがあると毎日楽しくていいね!」というぐらい、それは幸せなことなのです。(今や浩子は、志ん生落語集CDを借りてくるほどです。)

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Dec 22, 2007

世界に告げよ

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(at 大田黒公園)

最近、浩子は東京にいないこともあり、自分に都合のいいときしか返事をよこさず、つれないです。浩子の名前の漢字は、『さんずいに告げる』、と説明しますが(浩子がどう説明しているか知りませんが)、そう自分で口にするたびに、『告げる』という言葉自体、浩子の名前を説明する以外に、いつ使っただろうか、と思います。でも、最近、昔は結構使っていたことを思い出しました。

最近、近所に二軒ある本屋(Barnes & Noble)のうちの一軒は、本屋だというのに、音楽がかかっていることに気付き、もうこっちには来ないぞ、と思いました。もしかして、BGMはクリスマス・シーズンだからなのかもしれませんが、よく聞いてみると、その音楽は私のお気に入りの讃美歌、『世界に告げよ』でした。その昔、音楽の授業で、これは黒人霊歌だからリズムが違うんだ、と教えられたのに、のんびりしたカントリー・ミュージック調で、最初はあの曲だとは分かりませんでした。「世界に告げよ、野を越え、山越え、」という歌詞の、野を越え、山越えは、ほぼ同じ意味の英語でしたが、「世界に告げよ」は”Go tell it on the mountain”と、「山に登りて告げよ」で、物凄い発見をした気になりました。また、驚くことに、(歌詞をよく考えれば一目瞭然だったのに)クリスマス・ソングだったということにはじめて気付きました。かなり有名な曲らしく、シナトラ、サイモン&ガーファンクルをはじめ、多くの歌手がカバーしているようです。

学校に通っていた頃、朝は815分からの礼拝で始まり、その日の讃美歌を(だいたい隣の人に讃美歌集を見せてもらって)歌うのですが、週に二、三回はホームルームでの礼拝があり、自分の当番のときは、15分間、話をしなければならないと同時に、自分で讃美歌を選ぶことができるのです。この選曲には、学年全体でかなり流行り廃りがありましたが、自分はかなりの割合で『世界に告げよ』を選んでいたように思います。それも、季節を無視して一年を通じて歌っていたことに、気付きました。音楽の先生の教えだからというわけではありませんが、『世界に告げよ』は、ほかの曲とはまったくノリが違ったのでした。また、突然、「世界に告げよ!」から始まり、目の前に風景が広がるようなスケール感も、インパクトがありました。今になって、これが最初から、”Go tell it on the mountain”で、山に登るところから始まるのだったら、どう違っていたか、思い巡らしているところです。(ボールドウィンの本のタイトルと『世界に告げよ』のつながりにも、まったく気付いていませんでした。)

 

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Dec 02, 2007

ふたりっ子

Twins_2 (Twins in NY)

一昨日、浩子から「ふたりっ子の高校生棋士が今の朝ドラに出ていると思うんだけど。」というメールがありました。羽柴秀吉役の人のようですが、そう言われても、なんともしようがないものの、数年前にHPに書いたものを再録します。『ちゅらさん』もいいのですが、我が家では『ちゅらさん』よりも『ふたりっ子』のほうが遥かに盛り上がったような気がします。

ffffffffffffffffffffffffffff
朝の早い会社員だった当時の私の生活に、朝の連ドラの入り込む余地はまったくなかったのですが、ある日、通勤途中で転んで足の骨にひびが入り(そういえば早退しタクシーで帰宅したら、この日に限って鍵を忘れた上に家に誰もおらず、日が暮れるまで庭で哀しく家族の帰りを待っていました)、翌日も休みました。そこで始まったばかりのふたりっ子を見て、すっかりはまり、それまでは起きることのなかった土曜日の朝に早起きして、衛星放送で一週間分まとめて見るようになりました。ノッコの主題歌を一度に七回聞くことになります。今ではすっかり大きくなった双子姉妹が、おとうちゃん、おかあちゃんと天下茶屋という驚きの地名の小さな豆腐屋で仲良く暮らしつつ、猛烈な勢いで話が展開していくのにあっけなく巻き込まれたのでした。

当初は、土曜日のまとめ見に非常に満足していたものの、ドラマが佳境に入ってくると、毎日見たくなります。おまけに、当時、名古屋にいた浩子が週末までドラマの話題を待てないと、録画して毎日見るよう強要されました。ある日、非常に重要な展開の日に帰宅すると、手違いでふたりっ子は残っていませんでした(ペルー日本大使館公邸占拠事件のために飛んでしまったこともありました)。その晩は、浩子がその日の話を三十分かけて電話で説明してくれ、十五分の番組の説明に三十分かかるとは、なんて濃いドラマなんだ!+映像メディアの情報量は膨大だ、とつくづく思いました。

ドラマの後半では、私は毎日の録画に飽き足らず、テレビガイドまで読んでいました(=そのぐらいはまっていました)。双子の娘がまたそっくりな(同じ)双子というすごい展開もそのまま楽しめるほど、役者も揃い、脚本もディテールも忽せにせずかつ勢いがありました。今でも『あのときの森山さんが』、『あの銀じいのセリフは』、『香住に行って見たい』などと話題になります。浩子は通天閣にも天下茶屋にも行ったのに、私はまだ行っていません。

年初には宗方仁役は森山さん(内野聖陽さん)だという衝撃的なニュースを聞き、日本に帰りたくなりました。個人的には、最後に二人が海を見ながら(頭の中で)将棋を指し始めるところが一押しです。我が家に公式ガイドとかなりの録画ビデオがありますので、ご覧になりたい方は浩子まで。かなり元気になります。

 

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